大学留学の必要性
アメリカで迎えた初めての大晦日は、たいへん長く寒く、多詫忙な一日となった。
というのは、1年近い留学生活を終え、正月明けに日本に帰ることになっていた友だちのNが、やり残したことを全部やると言い出したからである。
年末からものすごい勢いで、一緒に映画やミュージカルを駆け巡っていたのだが、ついに「テレビに出る」ことになった。
日本に「Z」という番組があるが、あれの「元祖」なのであろう、Nの早朝番組では、ガラス張りのスタジオの外に視聴者が詰めかけ、プラカードなどを持って画面に映り込み、インタビューを受けたりする。
Nはそれに行ってみたいと言うのである。
私たちは大晦日の朝、5時起きして、まだ真っ暗な中をロックフェラーセンターの前にあるNに急いだ。
多くの「お上りさん」などがすでに集まって来ていて、ほとんどの人は名前や何か言葉を書いた手作りのプラカードを用意していた。
よい場所はもう取られてしまっていたが、番組は2時間もあり、カメラは動くはずであった。
途中、私は言った。
「このCM明けにきっと外を映すよ」「どうしてわかるの?」「あのね、こう見えても私はプロなんだ。CMの直前に外のクリスマスツリーを撮ったから、番組の流れやディレクターの心理として、CM明けはきっと外の様子に話題を振るよ」「あ、そういえば、スタジオのブラインドが開いたよ」「みんな中だるみで油断してるからチャンスだ!カメラ捜して!近く行って!」プロの勘は的中し、この直後にわれわれはしっかりとカメラに捕らえられた。
手応えを得たのでその場を離れ、今度は向かい側のロックフェラーセンターでアイススケートをした。
まだ朝のうちなのですいていて、待たずにすぐ滑れた。
夏にローラーブレードをしていたから間もなく慣れた。
むしろ、小まわりが利く感じがした。
帰ると、セットしておいたS目&皇二のビデオを見た。
確かにちゃんと映っていたが、そのときの私はひどく喜んでいる様子で、以前は毎日レギュラー番組を持っていたのに、ちょっと画面に映り込んだくらいでこんなに喜んでいる自分がおかしかった。
そして夜、私たちはブロードウェイを42丁目のタイムズスクェアに向かって歩いた。
暖冬ではあったが、この日に限ってものすごく寒かった。
私は寒冷地取材のときと同じ服を着て、アメリカにはなぜか売っていないので日本からわざわざ送ってもらった使い捨てカイロを、いくつもおなかやポケットに入れていった。
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